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作:大岩真理

 

真夜中。

都会の幹線道路沿いのバス停。花が一輪、時刻表の下に立てかけられている。

 

雨も降っていないのに、骨の折れたビニール傘を差した瀬戸亜紀子(せとあきこ)がやってきて、バス停の椅子に座って本を読み始める。亜紀子は64歳。上品な主婦の風情と、その行動はどこかちぐはぐだ。

少し酔った三浦千波(みうらちなみ)が通りかかる。亜紀子より一回り以上若い千波だが、深夜のバス停にいる亜紀子が気になり「大丈夫ですか?」と声をかける。その千波は今しがたバッグを盗まれたばかり。おまけに酷い靴擦れを起こしている。

そこに、キャリーバッグを引いた大原瑠花(おおはらるか)が通る。亜紀子が千波の靴擦れのために、絆創膏を持っていないか尋ねる。千波より更に一回り以上若い瑠花は、絆創膏を千波に渡すと、いきなり今晩泊めてほしいと言い出す。面食らった千波に断られると、立てかけられた花を持って去る。花は、そのバス停で殺された女性ホームレスに手向けられたもので、手向けたのは亜紀子である。殺された見知らぬ女性を「友達」と呼ぶ亜紀子。そんな亜紀子を一人にしておくのが心配な千波だったが、亜紀子に促されてバス停を後にする。

やがて、救急車のサイレンが聞こえてくる。亜紀子はその音の方へ引き寄せられて行く。

 

誰もいなくなったバス停に、田代佳奈江(たしろかなえ)がやってくる。瑠花が持ち去った花を持っていて、それを元あった場所に戻すと、座って編み物を始める。

そこへ戻ってくる千波。近くのマンションに住んでおり、どうしても亜紀子を放っておけず、一緒に夜を過ごそうと飲み物と本を抱え、急いで戻ってきたのだった。

亜紀子はいなくなっていたが、そこにいた同世代の佳奈江に、千波は自分語りをする。最近、独立して小さな出版社を立ち上げたことや、「愛」について。佳奈江は真っ直ぐな千波を茶化したり、絡んだりする。ほとんど気の合わない二人。そんな佳奈江に千波は飲み物を渡し、亜紀子を探しに行く。

瑠花が戻ってくる。瑠花は佳奈江の経営するスナックに入り浸っていたのだが、店をたたんだ佳奈江に、バス停の花を贈ったのだった。瑠花は30歳を過ぎた自称地下アイドルだが、ホームレス状態。佳奈江のスナックや知り合いの家、ネットカフェを転々としている。母親の虐待で若い頃から生活基盤が無い。佳奈江はシングルマザーだったが、実家に預けた娘に拒絶されている。瑠花と佳奈江は、どこか疑似親子めいた喧嘩を始める。

また千波が戻って来て、喧嘩を止める。亜紀子は見つからなかったようだ。瑠花の境遇と生活ぶりを知ると、千波はまたもや放っておけなくなり、自分のマンションでしばらく暮らすよう勧める。だが、実は千波も先が見通せない。今日、ガンと診断されたのだった。

ふいに亜紀子が戻ってくる。ホッとする千波。すると、瑠花が思い出す。亜紀子が、小学校の同級生だった瀬戸幸太郎(せとこうたろう)の母親だと。幸太郎は現在引きこもりで、亜紀子に暴力をふるうこともある。夫は問題に向き合わず関わろうとしない。万策尽きた亜紀子の首には、幸太郎に絞められた指の跡があった。

今夜、脳内出血で倒れた夫をリビングに放置して、亜紀子は家を出た。救急車のサイレンを聞き、思わず自宅の前まで行くが、もうそこは自分の居場所ではないと感じ、そのままバス停に戻ってきたのだ。

 

仕事がこれからと言う時にガンが見つかった千波。

娘とうまくやれないまま親の介護で店をたたんだ佳奈江。

愛されないまま大人になり、その日暮らしでさまよう瑠花。

幸せな家庭を遂に諦め、夫の救命をせず家を出た亜紀子。

それぞれが守りたかったもの。欲しかったもの。ささやかな日常。それは思いのほか儚い。

家を失ったことで、命まで失った女性が居たバス停に、何かを失いつつある4人の女たちが居る。

 

そしてまた一人になった亜紀子。バス停に幸太郎がやってくる。ここでホームレスの女性を殺したのは、まるで自分のような引きこもりの男だったと、母に話しかける。しかし母と息子の会話は、もはや互いの心の奥には届かない。夫の安否についても、家を出る決意をした幸太郎の絞り出した最後の言葉さえも、夜の空気に吸い込まれて消えていく。

幸太郎が去り、バス停の「友達」とも別れる時が来たと感じる亜紀子。

孤独と絶望の解放感に浸り、たった一人、どこかへ歩き出す。壊れた傘を引きずって。

月と座る 上演台本

¥1,500価格
  • 新宿シアタートップスにて上演された作品です

     

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